今日までそして明日から   
                  作詞/作曲 吉田拓郎


わたしは今日まで生きてみました
時にはだれかの力をかりて
時にはだれかにしがみついて
わたしは今日まで生きてみました
そして今 わたしは思っています
明日からも
こうして生きて行くだろうと

わたしは今日まで生きてみました
時にはだれかをあざ笑って
時にはだれかにおびやかされて
わたしは今日まで生きてみました
そして今 わたしは思っています
明日からも
こうして生きて行くだろうと

わたしは今日まで生きてみました
時にはだれかにうらぎられて
時にはだれかと手をとりあって
わたしは今日まで生きてみました
そして今 わたしは思っています
明日からも
こうして生きて行くだろうと

わたしにはわたしの生き方がある
それはおそらく自分というものを
知るところから始まるものでしょう

けれど それにしたって
どこで どう変ってしまうか
そうです わからないまま生きてゆく
明日からの そんなわたしです

わたしは今日まで生きてみました
わたしは今日まで生きてみました
わたしは今日まで生きてみました
わたしは今日まで生きてみました

そして今 わたしは思っています
明日からも
こうして生きて行くだろうと      
     
                     1971年(昭和46年)

吉田拓郎さん、「自己紹介のページ」でも書いたとおり、私の大好きなミュージシャンです。
音楽はビートルズ!フォークなら5つの赤い風船!岡林…との自分でしたが中学生の時、
「青春の詩」を聴き、レコード、テープを聞きまくり、ギター弾きまくり、本を読みまくり…
つま恋、中津川、篠島と中部開催のコンサート等など、自分もバンドを作ろう!とのめり込ませた方です…

当時、この歌詞が、他人に押し付けるのではなく、「自分はこうです」と
 いきみも無く表現されていることから、生きる事について素直に心に響き入ってきたと思う。
やがて自分が病に冒され、この歌詞の如く、皆さまよりの力を(輸血で)借りて生きながらえ、
人生の師と出会って、師に影響されて、自分という人間(の生命)がどこからきたか、
そして今後どう変わるかもわからないけれど、なにが起きるかわからないけれど、
自分は明日も生きて行こう…。
すべては自分なんだから、
相手ではなく、相手にどうしろこうしろと言わず、自分自身に対し前向きな素直な表現が好きです。

その拓郎さんが病(肺がん)に冒されている事、そして病を乗越え全国ツアーにと復活。
しばらくして、うつ病だったとも聞く。復活するも体調壊し全国ツアー中断…そしてまた復活とー。
拓郎さんのこうした生き様をみると、この歌の歌詞を、
わたしは今日まで生きてみました…明日からもこうして生きて行くだろうと」のとおり実践していると感じるし、
拓郎さんの生き様に勇気をいただいた事も事実、
僭越ながら、自分も「生きるということでは同じ類だー」とおもいます。

仏法で、「願顕於業(がんけんおごう)」 人は自ら願って、誓って、この世に生まれてきたのだ。
      人は必ず前世からの業や宿命を持っている。
 そして、「転重軽受(てんじゅきょうじゅー重きを転じて軽く受く業や宿命を現世で軽くして乗越えられるという。
今世に、人として、人間として生をうけたことにもきっと意味があると思う。
人間も動物も命あるもの意味が無く生まれてくるものはいないと思う。


どんなに嫌なことがあっても希望を失わずに、
 今日も生きれたことに感謝し、明日も生きていきたい

何事も悲観的に考えるのではなく楽観的に生きること、自分が最高!って楽しく幸福に生きる事だ。

 師の指導から
  広大無辺無限の夢の世界で 貴方の幸せを祈っているのだ
    聞こえているだろう  今日も明日も

 
自分の事を、願ってくれている多くの人が、同志がいる…病になんかに負けられない!

いつか「どんなに明日がきてほしくても、明日がこない日がやってくる」まで。

コンテンツ のページへ戻る

16才の自分。
「自己紹介」のページで
バイクに乗っているのも自分です